オーストラリアの歴史 6
ブリテン諸島の抵抗と暴力も、同様にニューサウスウェールズに運び込まれていました。
膨大な人数にのぼる囚人の統制には困難が伴いました。
いきおい、犯罪に対する刑罰は、しばしば残忍な形をとるようになったのです。
1820年代半ばにニューサウスウェールズで犯罪を犯し、有罪となった者の中には以下の罪人がいました。
ジェイムズ・ファロス
・・・警官の前で強盗を働いた事実を自白し、その後法廷の場ではこの自白を否認したにもかかわらず、盗品の隠し場所を白状するまで、毎朝苔打ちを続けるという判決を下されました。
この結果、彼は時計を1個手放しました。
ジェイムズ・ブラックバーン
・・・賭博仲間の4人の名を自白するまで刑務所に拘留され、パンと水のみの食事をあてがわれ、毎朝2
5回の苔打ちを受けました。
ウィリアム・アール
・・・サミュエル・マースデン牧師所有の領地の掃除人であったが、ダグラス博士に渡す為に、ジョン・ドゥラッシュから託された完全赦免状を隠匿しました。
この赦免状の隠し場所を告白するまで、パンと水のみで牢につながれました。